2022年06月27日

公共施設の有料化

まだ二十四節気の「小暑」前ながら、本当に暑い毎日ですね。やや早いですが、暑中お見舞いを申し上げます。本日もこのブログをご覧いただき、ありがとうございます。

高いのは気温だけでなく、物価も然りです。円安や原油・食料の高騰で、多くの品物が1割から2割、ものによっては3割以上も値上がりしています。経済原理だといえばそれまでですが、早く何とか落ち着いてほしいと願うばかりです。

値上がりといえば、例外規定、減免規定はありますものの、昨年から市内の公民館や小学校体育館などの公共施設の利用が有料化されました。地域の子どもたちやお年寄りたちの利用まで有料化すること自体、いかがかと思いますが、表向きは「利用者負担」の観点から、また実際は市の収入を少しでも増やすために実施されたようです。

確かに公のものであっても、「受益者負担」、つまり利用される方々・団体が一定の費用を支払うことは必要かもしれません。もはや「すべて無料」がまかり通る時代ではありません。しかし、こうした有料化は、十分な議論と線引きを行った上で行うべきではないでしょうか。

いわゆる公共財の中にはさまざまなものがありますが、道路や図書館など、その多くは税金で成り立っています。だから、原則としてだれでも無料で利用できるようになっています。地域住民の方々は住民税に加え、住民協力費も払われているのですから、本来、無料で公民館などを利用できるはずです。

もしも「財政の逼迫」「「受益者負担」ばかりを追及すれば、そもそも市営の公園などは成り立ちません。あるいは、そうした公園さえも、いずれ有料化されてしまうのでしょうか。納得される理屈にもとづき、どこかで明確な線引きがなされなければ、なし崩し的に有料化の動きが拡がっていってしまうことが強く危惧されます。

その一方、市役所の駐車場はいかがでしょうか。窓口を訪れる市民の方々が無料で使えるのは当然ですが、市役所と関係のない駐車も多いようです。「財政の逼迫」「受益者負担」というのでしたら、まさに隗より始めよで、まずは市役所駐車所の有料化を図ってはどうでしょうか。せめて職員の方々から月数百円でも駐車料金を徴収すれば、公共施設の有料化にも、もう少し理解が得られるはずです。



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2022年06月20日

危機管理への不安

昨日の地震、驚きました。幸いにして深刻な人的被害は報じられていませんが、能登地方で震度6弱を記録するなど、大きな揺れでした。月並みですが、関係地域・関係者の皆さまにまずはお見舞い申し上げますとともに、皆さま、くれぐれも余震に注意しましょう。

日本中のどこででも防災訓練が行われています。わが国は地震列島、火山列島ですし、災害が場所を選ばない以上、そうした訓練は極めて重要です。しかし、どうも真剣みに大きな温度差があると言わざるを得ません。過去の教訓から、東北地方や関西地方はかなり真剣に取り組んでいますし、南海トラフ地震の被害が予想される諸地域でも同様です。

この魚津、この富山はどうでしょうか。確かに定期的に防災訓練が実施されていますが、どうも「念のため」「形ばかり」の感が拭えません。確かにこの魚津を大地震が襲う可能性は、他地域よりも低いかもしれません。そのため、大地震や大津波は来てほしくない、来ないであろうといった「正常化の偏見」が潜在的に働いているのだと思います。

大地震が本当に起きるかもしれないことを想定し、真剣に防災訓練を行うのでしたら、震度6ほどで倒壊しかねない市役所庁舎を本部機能として使うはずはありません。少なくとも災害時に司令塔機能を発揮できる代替施設を用意するはずです。万が一のとき、本部はいったいどこになるのでしょうか。

さらに、何年か前でしたが、海からわずか数百メートルのところにある、ありそドームで防災訓練が行われたことがあったと思います。大地震と大津波は連動しやすいものです。大津波が押し寄せることは「想定外」だったのでしょうか。

可能性は低いかもしれません。しかし、万が一、いや億に一でも大地震が起きたとしても、一人の犠牲者も出さず、また市政が十分に機能しつづけることが、行政の最大の責務のはずです。それはまた、市民の皆さまに安心感を抱いてもらう根本のはずですが、魚津は大丈夫なのでしょうか。



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2022年06月13日

設計図なき魚津への憂い

皆さま、お元気ですか。まだまだ安心はできませんが、ようやくコロナ禍も少し落ち着いてきたようですね。新幹線も空席が少なくなってきましたし、観光地も賑わいを回復しつつあるようです。はやくかつての「日常」が取り戻されることを切に願っております。

2年以上にわたるコロナ禍により、たとえ多少の不平や不満があっても、世の中には何となく「仕方がない」「我慢」といった風潮が漂いました。とりわけ横並びと規律が嫌いでない日本人は、黙々と耐えてきたような気がします。一定の秩序が保たれた点では、それは素晴らしいことなのかもしれません。

しかし、コロナ禍にかこつけた行政の責任転嫁は許されてはなりません。「コロナだから仕方がない」とは国民・市民の弁であって、行政が口にすべきことではないはずです。そしてコロナ禍が少し落ち着き、「日常回復」の燭光が見えてきた今だからこそ、地域のあり方、行政のあり方をあらためて、そして諦めずに考えるときだと思います。

振り返れば、今から6、7年前に、それまでの市政によって魚津の土台は一定の完成を見たと言えます。経済の低成長時代への突入、そしてバブル経済後の厳しい財政状況の中にありながら、時には地元出身の国会議員の力も借りながら、また時には県と喧嘩しながら、労災病院の建て替えなど、将来への基盤整備が粛々と進められてきました。「魚津には何でもある」と言われるのも、こうした努力の結果なのだろうと思います。

その一方、整備された土台の上の上物(うわもの)の設計図は皆目見えてきません。魚津が、あるいはこの新川がこの先、何で光り輝いていくのか、何を売りにしていくのかがまったく見通せません。「魚津市総合計画」は市役所各課による政策集であって、市のビジョンではありません。「総合計画」を紐解き、魚津の将来に明るい夢を抱ける人がいれば、かなりの幸せ者です。

これからの5年、10年で魚津の、そして地方都市の30年、50年先が決まります。手を拱いている時間などないはずです。先人たちが基盤整備にご尽力くださり、また多くのチャンスが飛び交っている「今」であるにもかかわらず、思い切った手を打たないのは本当に勿体ないことですし、不作為の罪にも当たると思えてなりません。批判を恐れずに記すならば、まさに「成らぬは行政の為さぬなりけり」です。



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2022年06月07日

行政視察の受け入れを

週末、桃山野球場は実に多くの人で賑わいました。市制70周年・体育協会設立70周年記念事業として高校野球屈指の強豪校・大阪桐蔭が招待され、地元校との強化交流試合が行われたからです。企画や運営、実施に携わられた方々、とりわけ体育協会の皆さまのご尽力に深く敬意を表します。

あらためて記すまでもなく、また「交流人口」や「関係人口」といった言葉のレトリックはともかくも、できるだけ多くの方々に魚津に来ていただき、賑わいを創出してもらう、楽しんでもらう、消費をしてもらうことが極めて重要です。民間の皆さまが中心となり、創意と工夫を重ねてさまざまなイベントが開催されることは、地域にとって間違いなくいいことです。

しかし、行政がそうしたイベントの成功に単に手を叩き、喜んでいては困ります。市政はむしろ、「地域づくり」「まちづくり」「くらしづくり」などの各面において、市外、県外から多くの視察を積極的に受け入れなければならない立場です。働きかけなければならない立場です。魚津で「視察」といえば市外、県外に行くことばかりになりますが、子育てでも教育でも、高齢者福祉でも、誇れる成功例や先進例があるのであれば、多くの方々が魚津を訪れてくれるはずです。

どこの地域に行きましても、山ほどの観光パンフレットが用意されていますが、中には行政視察用の資料が周到に準備されているところがあります。どこの地域でも成功例には関心がありますし、できれば真似たいと思うものです。こうした行政視察受け入れの効果は決して小さくありませんし、市民にとってちょっとした自慢にもなるそうです。

先日、魚津市役所を訪れましたが、行政視察用の資料やパンフレットは見当たりませんでした(見つけられなかっただけかもしれませんが)。市政としてどのような分野に力を入れ、どのような成功例があるのかを、まずは市民に伝えてほしいものです。市の広報を広げてみても、予算の説明が事務的に記されているだけです。こういったところにも、改善の余地があるのかもしれません。


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2022年05月30日

地産他消のすすめ

この週末は初夏を思わせるような気持ちのいい毎日でした。コロナ禍が少し落ち着いていることもあり、多くの場所で人出が戻りつつあったようですが、「道の駅 KOKOくろべ」はひと際、賑わっていました。まるで新川の子どもたちがみんな集まっているかのような混み具合でした。

今さら言ってもせん無いことですが、魚津にもあのような「道の駅」があればと思う人は少なくありません。魚津でも祭りなどのイベントは開催されていますが、人が集まる常設の施設は、やはり魅力的です。何よりも、市外の人たちがお金を落としていってくれます。魚津が何もしていない間に、黒部は見事、先手を取ったような気がします。

地域が発展するにはさまざまな方法がありますが、最も基本的なことは、地域で生産したものを地域外で売り、お金を地域内に引き込む、つまり「地産他消」と、地域の産品を地域外の人たちが買いに来てくれることです。外のお金を内に引っ張り込まなければ地域の経済が潤わないのは、古今東西、普遍の原則ではないでしょうか。

魚津にも市外から多くの方々がお越しになります。しかし、祭りを見てください、蜃気楼を見てくださいと言ったところで、どれだけのお金を落としてくれるのか、はなはだ疑問です。行政が仕組みをつくることにより、魚津の産品は市外、県外、さらには国外に売れますし、市外の人たちも買いに来てくれます。逆に、市内だけでお金を回していても、全体のパイは大きくなりません。

きっかけがあれば、魚津のリンゴや梨、ブドウ、ブルーベリー、蒲鉾、魚介類、木材などへの需要は日本、いや世界で飛躍的に高まるにもかかわらず、本当に勿体ないことです。遅きに失した感は拭えませんが、シンクタンクや地域商社をつくり、魚津も「外貨獲得」に向けて本腰を入れて取り組むべきではないでしょうか。まだぎりぎり間に合います。

この新しい一週間も、どうか健やかにお過ごしください。



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2022年05月23日

歳出削減は美徳でしょうか

昨日付の地元紙の「自治体レポート」は、魚津市を取り上げていました。行革などによって基金が9億円上積みされ、この7年で初めて億単位の建設事業が実施されるといったことが書かれていました。副反応はともかく、各地域や団体、住民、さらには市職員に予算の節減や節約、我慢を強く求めてきた“成果”なのかもしれません。

市税であれ交付税であれ、国民の貴重な税金ですので、予算の無駄を排除しなければならないのは当然のことです。しかし、予算を効率的・効果的に使うことと節約・倹約とは似て非なるもので、まったく違うはずです。たとえ民間企業の感覚では不要と位置づけられても、行政だからこそ必要な予算も少なくありません。

最も重要なことは、行政が将来的なビジョンを明確にし、その中で当該予算に係る相乗効果を最大化していくことに他なりません。例えば、単なる建て替えだけでは、建物が新しくなったというだけで大きな相乗効果は期待できません。規模の大小を問わず、さまざまなことを関連づけることによって効果は累積・多重化していきます。

小さな例かもしれませんが、5年前、全国植樹祭がこの魚津市で開催されました。平成天皇・皇后両陛下、衆議院議長、農林水産大臣がご来市されたにもかかわらず、市内各所の視察要望は皆無に等しかったといいます。自治体によってはここぞとばかりに自分たちの地域をアピールするため、「是非ここをご覧いただきたい」「10分でもいいからお願いします」と懸命にリクエストを上げるそうです。

さらにいえば、せっかく両陛下がお出ましになったのでしたら、蒲鉾やリンゴ、漆器など、魚津の名産品・特産品を「献上品」にすることも可能だったと思います。次に両陛下が本市にお越しになるのは、いつのことかわかりません。誤解を恐れずに記せば、植樹祭を機に本市の産品のブランド化をいっきに図る千載一遇のチャンスでしたのに、本当にもったいないことをしました。

魚津市を含めたこれからの地方都市にとって必要なのは、単なる予算の足し算・引き算ではなく、将来ビジョンにもとづいた掛け算ではないでしょうか。「節約」「倹約」では、ため息ばかりが聞こえてきます。




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2022年05月16日

魚津市議会にご注目を

昨日、「よっしゃ来い!! CHOUROKUまつり」が開催されましたが、議長人事をめぐり、市議会は別の意味で大騒ぎになっているようです。「議長の1年交代は申し合わせのはず」「推されれば続投もあって然るべき」「後継の議長候補では務まらない」など、それぞれに言い分があり、どれが絶対的に正しいということはないのかもしれません。

確かに正副議長ポストを1、2年で回す「私約交代」は多くの地方議会で見られ、珍しくありません。より多くの議員が議長や副議長を務められるようにするために任期を短くすることは、日本型の解決方法だともいえます。しかし、本来、首長と議会は車の両輪であり、その一方の長を順送りで決めることには再考の余地があるのではないでしょうか。

最大会派内のいざこざに乗じ、小会派の中には、ここぞとばかりに議長ポストを手に入れようとする動きもあるようです。単に「チャンスだから」といった理由だけであれば論外ですが、日ごろから確固たる問題意識を抱き、本当に議長として議会運営や議会改革に取り組む決意があるならば、それはそれで指弾されるべきではないはずです。

地方自治法では正副議長選挙における立候補制は想定されていませんので、議員総会や全員協議会を挟み、その場で就任希望者に所信表明を行わせる地方議会もあります。魚津市議会でも、そうしたことが行われるようですが、単に「円満な議会運営を目指す」といった美辞麗句を並べるのではなく、議長として何を成し遂げたいかなど、真剣な公約を語ってもらいたいものです。行政も議会も、それぞれトップは市民に明確な約束を掲げることが基本であるべきです。

さらにいえば、本会議のみならず、正副議長の選出についての議員総会や全員協議会の模様も、ぜひケーブルテレビで放映されるべきだと思います。それぞれの公約や思いを聞き、「この人ならば議長にいい」と市民に納得・共感してもらうことも立派な議会改革の一つではないでしょうか。




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2022年05月09日

発想の転換も必要

天気に恵まれた連休でした。至るところ、昨年・一昨年より人出が多かったようです。かつての「日常」に早く戻れることを願っておりますが、またコロナ感染者が増える兆しもありますので、皆さま、どうぞ引きつづきくれぐれもお気をつけください。

さて、多くの市町村は厳しい財政状況にあえぎ、さまざまな分野で歳出を削減しています。道路や公共施設などの社会資本の老朽化、高齢化の進展に伴う歳出の増加、人口減少による歳入の減少などを踏まえれば、もちろん一定の節約や節減、効率化は必要です。

財政的に厳しいのは、この魚津も例外ではありません。それに加え、小学校の統廃合や大雪の除雪の費用まで財政逼迫の理由にされています。それらを間接的な口実に、多くの分野で予算が削られたりしています。

確かに地方自治体にも経営的な感覚が求められます。しかし、当たり前のことながら、自治体は民間企業ではありません。収益の上がらないことも、一見、無駄だと思われることも、しなければならないことが少なからずあります。収益ばかり気にしていては、たとえば公園などは真っ先になくなるはずです。

また、民間企業であれば、株主などへの責任から、比較的短期間で業績を上げることが必要とされますが、自治体の場合、もう少し長いスパンで事業に取り組むことができるはずです。中長期的に一定の効果が期待されるものならば、たとえ多少の赤字を伴っても、自治体として推し進めていくべきものもあるはずです。

魚津の場合でしたら、たとえば市民バスです。現在の運賃は200円で決して安くはありません。今後のさらなる高齢化と交通難民の増加を踏まえれば、より多くの市民、とりわけ高齢者の方々に利用してもらう環境にしなければなりません。

高齢者の方々に市民バスを利用して外出してもらうには、運賃を思いきって無料にするのも方法です。「赤字がひどくなる」と考える人もいるかもしれませんが、そこは発想の転換です。多くの高齢者の方々が市民バスで出かけ、少しでも健康維持に役立つのであれば、中長期的に医療費は減るでしょうし、何よりも高齢者の方々の生き甲斐につながります。

やみくもにバス路線や便数を減らすのではなく、社会実験として、たとえば1年間、70歳以上の方々の運賃を無料化し、できるだけ頻繁に利用してもらい、同時に、健康に関するデータ収集にも協力してもらってはどうでしょうか。バス利用と健康維持との間に相関関係があれば、たとえ赤字でも、それだけで市民バスは地域のために大いに役立っていることになります。

デジタル社会と聞いて、単にオンラインによる行政手続やサービスの利用に結びつけるのはあまりにも短絡的ですし、時代遅れです。新しい発想を持てば、魚津は一歩も二歩も時代の先を走れますし、高齢者の方々にとっても住みよい地域になるはずです。


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2022年04月25日

やはり産める場所が必要です

先日、助産師不足から、かみいち総合病院での分娩が今年9月で休止となることが発表されました。すでに厚生連滑川病院も出産対応を休止しています。秋以降、上市町民の皆さんは、富山市まで行って出産しなければならなくなるわけです。

魚津市の場合、本来であれば、数年前には分娩施設が「復活」していたはずですが、いまだに実現していません。多くの妊婦さんは黒部市民病院のお世話になっています。6年前の市長選の公約はいったい何だったのでしょうか。「産婦人科の復活」を信じて票を投じた人は決して少なくありませんでした。

書類の上では、毎月、20人前後の赤ちゃんの「出生地」が魚津市とされていますが、厳密にいえば、この16年間、本当に魚津の地で誕生した子どもはいないはずです。魚津市民の妊婦さんも、里帰りされた妊婦さんも、わざわざ黒部市や富山市まで行って産んでいるのです。

しかし、どう考えても、これはやはりおかしいです。単なる上っ面の言葉などではなく、徹底した少子化対策と子ども第一主義を真に貫こうとするならば、分娩施設・機能を魚津に回復させない選択肢などあり得ないはずです。

確かに難しい問題もあります。その反面、追い風に使える材料もあります。創意と工夫を凝らせば、またこの魚津で赤ちゃんを産むことが可能になります。必ず正真正銘の〈Born in Uozu〉の子どもたちをつくり出すことができるのです。

具体策はあります。さして珍しいものではないかもしれません。問題は必要性を痛感し、やる気と覚悟を持つかどうかなのだろうと思います。


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2022年04月18日

意外に伸びなかった投票率

昨日の黒部市長選挙では武隈義一さんが当選されましたが、小柳勇人さんとの差はわずか736票でしたから、まさに辛勝だったといえます。まずは祝意を申し上げ、また小柳さんのご健闘を讃えたいと思います。

「市を二分」「保守分裂」などと報じられ、最後の最後までどちらが勝つかわからない選挙でしたが、投票率は意外に伸びず、63.97%でした。有権者の3人に1人以上が票を投じませんでした。

投票日の天気があまりにも良すぎたことが、当日投票率を高めない一因になったかもしれません。魚津の「花の森・天神山ガーデン」も、本当に多くの人で賑わっていました。本来、決して二者択一ではありませんが、投票より行楽を優先する人がいても、不思議ではありません。

しかし、期日前投票の要件が大幅に緩和されて、もう20年近くが経ちます。つまり、投票したい、投票しようと思えば、投票日の前に票を投じることができるのです。実際、どの選挙でも少なからぬ有権者が期日前投票を行っています。

にもかかわらず、投票率が伸びなかったのには、他に大きな理由があるのではないでしょうか。マスコミの今後の分析に俟たなければなりませんが、「公約の抽象性」がその一つのような気がします。抽象的な公約であれば結局は「お任せ」になってしまい、有権者意識は低下します。

滑川に続き、黒部の市長選挙も終わりました。いよいよ2年後に魚津の市長選挙です。まだ少し先ですが、投票率が高くなる選挙になればと願っています。



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